初代ジャイアン役たてかべ和也の生涯|死因と肝付兼太が流した涙の弔辞

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初代ジャイアン役たてかべ和也の生涯|死因と肝付兼太が流した涙の弔辞
初代ジャイアン役たてかべ和也の生涯|死因と肝付兼太が流した涙の弔辞
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🎵 初代ジャイアン役たてかべ和也の生涯|死因と肝付兼太が流した涙の弔辞

国民的アニメ『ドラえもん』の初代ジャイアン(剛田武)役として、26年もの長きにわたり日本中のお茶の間に親しまれた声優・たてかべ和也(本名:立壁和也)さん。豪快でありながらどこか憎めず、仲間思いのジャイアン像を完璧に作り上げた名優の存在は、世代を超えて今なお多くのファンの心に刻まれています。

アニメ史に不滅の足跡を残したたてかべさんは、2015年6月に80歳でこの世を去りました。彼が遺した名演技の数々、後任である木村昴さんとの胸を打つ師弟の絆、そして盟友・肝付兼太さんが告別式で捧げた伝説の弔辞など、語り継ぐべき軌跡を余すところなく振り返ります。

📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
  • 要点1:初代ジャイアンや『ヤッターマン』トンズラーなど、豪快で温かみのある怪力キャラクターで一時代を築いた名声優。
  • 要点2:死因は急性呼吸器不全。80歳で旅立ち、告別式では親友・肝付兼太さんがスネ夫の声で魂の弔辞を叫んだ。
  • 要点3:2005年の勇退後は後任の木村昴さんを温かく見守り、「20歳になったら一緒に酒を飲む」約束を果たしてバトンを繋いだ。

【経歴と人物像】初代ジャイアンを26年演じたたてかべ和也さんの足跡

たてかべ 和 也

たてかべ和也さんは1934年7月25日、北海道に生まれました。日本大学芸術学部演劇学科を卒業後、劇団泉座や劇団テアトル・エコーなどを経て声優・舞台俳優としてのキャリアを本格化させます。低音で力強く、同時にどこか愛嬌を感じさせる独特の声質は、初期のアニメ草創期から重宝されました。

1979年にテレビ朝日版『ドラえもん』がスタートすると、ガキ大将・剛田武(ジャイアン)役に抜擢されます。そこから2005年3月まで丸26年間にわたって同役を担当し、劇場版を含めて「お前のモノは俺のモノ、俺のモノも俺のモノ」「心の友よ!」といった数々の名セリフを世に定着させました。

私生活では非常に面倒見が良く、豪快で情に厚い人柄として業界内でも深く愛されていました。声優プロダクション「オフィス央」の設立や「ケンユウオフィス」の取締役・名誉会長を務めるなど、後進の育成やマネジメント面でも声優業界の発展に大きく寄与した人物です。

【代表作と名キャラクター】『ヤッターマン』トンズラーからギャートルズまで

たてかべ 和 也

たてかべさんの名演はジャイアンだけに留まりません。タツノコプロ制作の『タイムボカンシリーズ』では、三悪の怪力男キャラクターを歴代にわたって一手に引き受けました。中でも『ヤッターマン』のトンズラー(「〜でまんねん」の関西弁が特徴)や『タイムボカン』のワルサー役は、小原乃梨子さん、八奈見乗児さんとの絶妙な掛け合いとともに、アニメ史に残るコミカルな悪役トリオとして絶大な人気を誇りました。

ほかにも、昭和の名作アニメにおける存在感は圧倒的でした。

『はじめ人間ギャートルズ』(ドテチン、とうちゃん役)
『超電磁ロボ コン・バトラーV』(西川大作役)
『ド根性ガエル』(初代ゴリライモ役)
『闘将ダイモス』(左近寺公三警視総監役)

屈強な肉体を持つ力持ちでありながら、どこかお茶目で情にもろいキャラクターを演じさせたら右に出る者はいませんでした。たてかべさんの声が吹き込まれることで、単なる悪者や乱暴者にとどまらない、血の通った愛すべき人物像が完成したのです。

【ドラえもん声優交代の真相】勇退の理由と次世代・木村昴へ託した絆

たてかべ 和 也

2005年3月、四半世紀以上にわたり親しまれた『ドラえもん』のレギュラー声優陣(大山のぶ代さん、小原乃梨子さん、野村道子さん、肝付兼太さん、たてかべ和也さん)が一斉に交代を発表しました。この交代劇の背景には、メンバーの高齢化に伴い「全員が健康で声が出る元気なうちに、次の世代へバトンを綺麗に渡したい」というキャスト陣自らの強い意志と制作陣の合意がありました。

新キャストオーディションで2代目ジャイアンに選ばれたのは、当時わずか14歳の中学生だった木村昴さんでした。大抜擢にプレッシャーを感じていた木村さんに対し、たてかべさんは「お前がジャイアンなんだから、自信を持って思い切りやれ」と温かく励まし続けました。

たてかべさんは周囲に「新しいジャイアンと酒を酌み交わすのが夢だ」と語っており、木村さんが20歳を迎えた日、念願のサシ飲みが実現します。後輩の成長を見届け、自身の魂を継承させたこのエピソードは、アニメ界屈指の美しい師弟愛として語り継がれています。

【闘病と死因】80歳で旅立った名優・最期の瞬間と残された記憶

たてかべ和也さんは晩年、胃がんなどの病を患い手術を受けるなど闘病生活を続けていました。病魔に侵されながらも持ち前の明るさとユーモアを失わず、イベント出演や若手声優への激励を精力的に続けていました。

しかし、2015年6月18日午後1時49分、急性呼吸器不全のため東京都内の病院で息を引き取りました。享年80。昭和から平成にかけて多くの子どもたちに夢と笑いを届けた巨星の訃報は、日本中のみならず海外のアニメファンにも大きな衝撃と深い悲しみを与えました。

最期まで声優という職業への誇りを持ち続け、周囲への感謝を口にしていた姿は、多くの関係者の胸に強く焼き付いています。

【葬儀・告別式の涙】親友・肝付兼太が叫んだ「ジャイアーン!」弔辞の真実

2015年6月23日、東京・青山葬儀所で営まれた告別式には、多くの声優仲間や関係者、ファンが集まりました。その中で参列者全員の涙を誘ったのが、50年以上の親交を持ち、劇中ではスネ夫役として名コンビを組んだ肝付兼太さんによる弔辞でした。

プライベートでも大の親友で、毎日のように酒を酌み交わしていたという肝付さん。祭壇に向かって遺影を見つめ、静かに語りかけた後、突如スネ夫の甲高い声へとトーンを変えてこう叫びました。

「ジャイアーン! ジャイアンのくせに、なんで先に逝っちゃうんだよ……!」
「おい、かあちゃんに怒られなかったか?……心の友よ、ありがとうな」

スネ夫とジャイアンそのものが現実に降り立ったかのような魂の叫びに、会場は静まり返り、嗚咽が漏れました。友情の深さを象徴するこの弔辞は、声優史に残る屈指の名場面として今も語り継がれています。なお、その肝付さんもたてかべさんの後を追うように、翌2016年10月に肺炎のため旅立ちました。

【たてかべ和也】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:たてかべ和也さんの本当の死因は何ですか?
A1:公式に発表された死因は急性呼吸器不全です。晩年は胃がんの手術を受けるなど闘病生活を送っていましたが、最期まで前向きに生き抜き、2015年6月18日に80歳で永眠されました。

Q2:初代ジャイアンの後任である木村昴さんとの関係は?
A2:非常に良好な師弟関係でした。たてかべさんは当時中学生だった木村さんを優しく包み込み、木村さんが20歳の成人を迎えた際には約束通り2人でお酒を飲みに行き、ジャイアンの魂を直接引き継ぎました。

Q3:たてかべ和也さんの代表的なキャラクターはジャイアン以外に何がありますか?
A3:『ヤッターマン』のトンズラーや『タイムボカン』のワルサーをはじめとするタイムボカンシリーズの三悪役、『はじめ人間ギャートルズ』のドテチンやとうちゃん、『超電磁ロボ コン・バトラーV』の西川大作などが有名です。

まとめ:昭和・平成を彩った豪快な歌声と温かな魂は永遠に

たてかべ和也さんが築き上げたジャイアン像は、単なる「乱暴なガキ大将」ではなく、仲間がピンチのときには誰よりも頼りになる男気にあふれた存在でした。その演技に宿っていた温もりは、たてかべさん本人の人柄そのものだったと言えます。

どれほど時代が移り変わろうとも、彼が吹き込んだ魂は木村昴さんへと受け継がれ、遺した作品の中で生き続けています。日本の誇るレジェンド声優が遺した数々の名作を、ぜひ改めて鑑賞してみてはいかがでしょうか。 (出典: たてかべ 和 也(Yahoo!ニュース)