美浦と栗東の格差はなぜ消えた?坂路改修と「西高東低」逆転の真相
日本中央競馬会(JRA)に所属する競走馬たちは、東の「美浦トレーニング・センター(茨城県)」か、西の「栗東トレーニング・センター(滋賀県)」のいずれかの厩舎に所属して日々鍛錬を積んでいます。かつて日本の競馬界には、約30年にもわたり「西高東低」と呼ばれる圧倒的な格差が存在していました。主要なG1レースの多くを関西馬(栗東所属馬)が独占し、競馬ファンの間でも「迷ったら関西馬を買え」が鉄則とされていた時代をご存知の方も多いはずです。
しかし、そのパワーバランスは劇的な変化を遂げました。美浦トレセンの大規模な坂路改修や育成拠点の進化、新世代の調教師・騎手の台頭によって、東西の力関係は完全な拮抗、あるいは関東馬優勢の局面すら迎えています。長年続いた格差の構造的な原因と、それを打ち破った大改革の全貌を紐解きます。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:かつての「西高東低」は、1985年に栗東へ先行導入された高低差32mの急勾配坂路と、それによる調教負荷の決定的な差が主因だった。
- 要点2:美浦トレセンの坂路が大幅改修され、高低差が18mから栗東を凌ぐ33mへと進化。ハードウェア面の格差が消滅した。
- 要点3:外厩施設との連携強化や若手精鋭調教師の活躍により、重賞・G1レースにおける関東馬の勝率は飛躍的に向上し、勢力図は塗り替えられた。
【美浦と栗東の基本構造】東西トレセンの違いと施設特徴・馬房数を比較

JRAの競走馬管理を支える東西の拠点、美浦と栗東。まずはその基本的なスペックと環境の違いを整理します。
茨城県稲敷郡美浦村に位置する美浦トレーニング・センターは、約224万平方メートルという広大な敷地面積を誇ります。一方、滋賀県栗東市にある栗東トレーニング・センターは約152万平方メートルです。敷地全体の広さだけで比較すれば美浦の方が広大ですが、管理されている馬房数や設備構成にはそれぞれ特徴があります。
現在、両トレセンともに約2,000〜2,200馬房を擁し、収容能力自体に大きな開きはありません。かつては厩舎の構造や空調設備、トラックコースの形状などに差異がありましたが、順次近代化が進められてきました。
地理的な側面から見ると、トレセンから競馬場への輸送距離は競走馬のコンディションを左右する重要要素です。美浦は東京競馬場や中山競馬場へのアクセスに優れる一方、関西圏やローカル開催(小倉・中京など)への遠征時には長時間の馬運車移動を強いられます。栗東は阪神・京都をはじめ、中京や小倉への移動が比較的スムーズという地の利があり、この輸送面のアドバンテージも長年、西高東低を後押しする一因となっていました。
なぜ競馬界は「西高東低」に陥ったのか?約30年続いた圧倒的格差の理由

1980年代半ばまで、東西の力関係はほぼ互角か、むしろ伝統ある関東がリードする場面も見られました。そのパワーバランスを根本から破壊した決定打が、1985年に栗東トレーニング・センターへ開設された「坂路調教コース」です。
当時としては画期的だった栗東の坂路は、全長1,080m・高低差32mという過酷な傾斜を有していました。平坦なコースを周回する従来の調教に比べ、競走馬の脚元への負担を抑えつつ、心肺機能と後肢(トモ)の筋力を短期間で飛躍的に強化できるシステムが確立されたのです。ミホノブルボンやナリタブライアンといった圧倒的な名馬が栗東から次々と誕生し、関西馬の強さは絶対的なものとなっていきました。
対する美浦への坂路導入は1993年まで遅れ、しかも地形的な制約から高低差はわずか18m程度にとどまりました。勾配が緩く負荷が足りないため、「美浦の坂路で仕上げても栗東馬のパワーには対抗できない」というトレセン施設の格差が決定的なものとなったのです。
この施設格差は、やがて人的・資金的な格差へと連鎖しました。有力馬主や社台グループをはじめとする大手生産牧場は、期待の良血馬を次々と栗東のトップ厩舎へ預託するようになります。その結果、「強い馬が集まる栗東が勝ち、勝つからさらに良い馬が集まる」という強固なスパイラルが完成し、重賞レースにおける関西馬の圧倒的優位が定着しました。
美浦トレセンの坂路大改修がもたらした革命|勾配と高低差の劇的進化
長年苦杯を舐め続けてきた美浦トレセンに、最大級のターニングポイントが訪れます。JRAが莫大な予算を投じて断行した美浦トレセン坂路の大規模改修工事です。
この工事では、既存のコースを大規模に掘り下げる難工事が行われ、2023年秋に新たな坂路コースが運用を開始しました。改修の全容はまさに劇的です。
- 高低差の拡大:改修前の18mから33mへと大幅拡張(栗東の32mを上回るスケール)。
- 最大勾配の強化:緩やかだった傾斜は、最大約6.5%前後のタフな急勾配へと再設計。
- 地下道新設による渋滞緩和:コースへ出入りする馬の動線が最適化され、調教効率が格段に向上。
この改修によって、美浦でも栗東と全く同等以上の強い負荷をかけたトレーニングが可能となりました。坂路を登坂した際の心拍数データや乳酸値の測定でも、栗東馬と遜色ない強化が美浦の敷地内だけで完結するようになり、30年以上続いた「調教施設の物理的ハンデ」は完全に解消されたのです。
【データで見る勢力図】関東馬・関西馬の勝率と重賞成績|西高東低逆転の真相
ハードウェアの格差是正は、即座にレース結果へと反映されました。美浦と栗東の成績比較における最新の推移を見ると、その変化は一目瞭然です。
かつては年間G1勝利数の7〜8割以上を関西馬が独占し、関東馬が勝利すること自体が波乱と受け止められた時期もありました。しかし、坂路改修を経た近年の栗東・美浦の交流重賞成績では、関東馬がほぼ互角から開催時期によっては関西馬を上回る勝利数をマークしています。
クラシック戦線や古馬中長距離路線の最高峰レースにおいて、美浦所属馬が上位を独占する光景はもはや日常となりました。この逆転現象の背景には、坂路改修に加えて「外厩(育成牧場)の活用法」の標準化があります。
ノーザンファーム天栄(福島県)をはじめとする東日本の育成拠点が美浦厩舎と密接に連携し、トレセン外で基礎体力を極限まで高めた上で、美浦の新坂路で最終研磨を施すという勝利の方程式が確立されたのです。これにより、関東馬全体の勝率・連対率は過去最高水準を維持しています。
調教師リーディングと所属騎手の勢力図|東西の人材シフトと育成力
施設の充実は、優秀な人材の躍進と直接結びついています。現在の調教師および騎手の勢力図は、かつてないほど多極化かつハイレベルな競争状態にあります。
栗東の調教師リーディング上位には、矢作芳人厩舎、中内田充正厩舎、杉山晴紀厩舎といった世界水準の手腕を持つトップトレーナーが君臨しています。一方で、美浦側でも木村哲也厩舎、手塚貴久厩舎、宮田敬介厩舎、田中博康厩舎など、綿密なデータ分析と海外遠征も辞さない先進的な若手・中堅調教師が目覚ましい実績を量産しています。
所属騎手の動向においても、東西の垣根は実質的に消滅しました。美浦所属の騎手陣には、関東のエースである横山武史騎手や安定感抜群の戸崎圭太騎手に加え、美浦を主拠点として全国で圧倒的パフォーマンスを発揮するC.ルメール騎手が存在感を示しています。
対する栗東も、日本のトップジョッキーである川田将雅騎手やレジェンド武豊騎手、若き旗手坂井瑠星騎手らがハイレベルな技量を競い合っています。現在では東西の交流騎乗が当たり前となり、「美浦所属の有力馬に関西のトップ騎手が騎乗する」「栗東の一線級に関東の若手が抜擢される」というケースが日常化しました。
【美浦・栗東】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:競馬新聞やオッズカードで「美浦所属馬」「栗東所属馬」を見分ける方法は?
A1:出走表の調教師名の横に「(美)」または「(栗)」と記載されています。「美」が美浦所属の関東馬、「栗」が栗東所属の関西馬です。また、競馬専門紙では調教欄の「美坂(美浦坂路)」「栗坂(栗東坂路)」「美W(美浦ウッド)」「栗CW(栗東コースウッド)」といった調教場所の略表記でも確認できます。
Q2:競馬場への輸送距離による「有利・不利」は現在でも残っていますか?
A2:依然としてゼロではありませんが、輸送技術や馬運車のクッション性能の向上、エアコン完備などにより、輸送による馬体減りやストレスは大幅に軽減されています。また、主要レース前の「前日輸送」や滞在競馬のノウハウが確立されたため、輸送距離の差による勝率の偏りは過去に比べてかなり小さくなっています。
Q3:なぜ馬主は美浦か栗東のどちらかを選ぶのですか?
A3:馬主自身の居住地(東京近郊なら美浦厩舎が愛馬を見に行きやすいなど)や、懇意にしている調教師の実績、育成牧場からの推薦ルートなどを総合的に判断して預託先を決定します。かつてのように「勝つために仕方なく栗東を選ぶ」という一方通行の選択肢は過去のものとなり、預託先の選択肢は完全にフラット化しています。
まとめ:東西拮抗の「新時代」が日本競馬をさらに面白くする
美浦と栗東の歴史は、イノベーションとキャッチアップの連続でした。1985年の栗東坂路導入によって幕を開けた「西高東低」の時代は、美浦の大改修と育成環境の劇的な進化によって終焉を迎えました。
現在の競馬界は、東西どちらか一方が支配する時代ではなく、互いの技術と施設を高め合う「東西ハイレベル拮抗の時代」に突入しています。どちらのトレセンからどのような怪物が誕生し、世界の舞台へ羽ばたいていくのか。設備と人の力が結実した現在の競馬シーンから、今後も目が離せません。 (出典: 美浦 栗東(Yahoo!ニュース))